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誰が何と言おうが、球児達は夏の風物詩である。
JUGEMテーマ:スポーツ



 スポーツ界が、こんなに揺れたことはこれまでの記憶にあっただろうか?

 プロもアマも、果ては部活動のレベルまで巣食った病巣が次々に暴かれる。


 相撲界では、痛ましいしごき死亡事件に始まり、一連の八百長問題。

 プロ野球界もいわゆる飛ぶボールへの変更で再び機構の構造がクローズアップされる。

 ついには国技でもあり、最も世界に誇れる清廉潔白だったはずの柔道界までも金メダリストによるセクハラ事件、女子柔道のパワハラ告発、挙げ句の果てには公金横領疑惑までもが飛び出す。

 
 また記憶に新しい大阪の公立高校バスケットボール部で起こった体罰だ。

 悲しい結末は、主将は死を選ぶしかなかった。

 
 マスコミ、メディアはもとより、一般のネット上での書き込みなどでも様々な意見が飛び交って、肝心の当事者は置き去り、それぞれが抱える原因追及は、結局一緒くたにされた報道として垂れ流され、確証のない噂話や私刑ともとれる吊るし上げの論がおびただしく残される。


 一方で、オリンピックや世界選手権、ワールドカップなどの国際大会になるとその同じ舌が一転する。
 原因の一端だと吹聴したはずの勝利至上主義の先鋒を務めるのだ。

 そこには、巨大なビジネスと想像を超えるお金があっちからこっちへと動くからだ。


 都知事が、「東京オリンピック」が決定的みたいなしたり顔で帰国したら、こぞってマスコミがシャッターを切り、マイクを向ける。

 そしてメダル有力候補!なんて見出しを付けられて写真が並べられる。

 翌日の新聞には、こう載る。

 「東京招致、優位!」


 スポーツビジネスが、アスリート個人の収入につながることは、決して否定しない。

 彼らトップ選手の想像を絶する努力は、経済的に相応いやもっと報われるべきだと思っている。

 名誉か、安定した収入か、莫大な契約金か、それは彼らが選ぶ事で、我々の物差と比較の対象にしてはならない。




 さてさて、ここまで書いた様な仰々しい理由は後付けです。

 7月に入ったスポーツ新聞を見て、

 夏の甲子園の地方大会予選がスタートしていることに目がいったのだ。


 やっぱり我が街大阪代表決定の行方は、幾つになってもこの時期気になる。

 長い夏休みがあった頃は、そりゃあ、開幕の行進からワクワクしながら観たものだ。

 あの大甲子園球場に躍動する球児の灼けた黒い肌から吹き出る汗は、普遍的だろう。


 大の高校野球ファンだった故・阿久悠氏が作詞した民放の大会歌『君よ八月に熱くなれ』では、疑いも無く『青春』の二文字が唄われる。

 

 

 また公式大会歌『栄冠は君に輝く』(古関裕而氏作曲)の素晴らしさは不滅と言っていい。

 

 

 今どき青春なんて使い古された大人が作った言葉だとも思う。

 しかし、スポーツに限らない、与えられるものではないこの青春は謳歌すべきだ。



 

 自分が失った青臭さを求めに、何年振りだろう地元の球場へ歩いた。

 前と違うのは、息子の三輪車を押している事だ。

 彼には、「アイスクリームか、かき氷食べさせてやるからな」と、数日前から呼び水をやってある。




 1回戦3試合が組まれていた。

 2試合目には往年の甲子園を沸かせ、優勝旗を持った名門校の名もあった。


 700円(ちょっと高くないかい?)を払って、球場に入る。

 おおよそ甲子園とは縁の無いだろう公立高校同士の戦い。それでも屋根も無い小さなスタンドは、後輩、OBだろう人、父兄達の応援合戦で賑やかだ。

 一球ごとに、歓声が沸き、校名が入った団扇を叩く音に、ここにも小さな甲子園が再現されているような錯覚に陥る。



 
 しかし、数分も経たないうちに、炎天下の硬いベンチに座った息子は飽きてしまった。




 子守役のばあちゃんが、タイミング良く合流。彼を託して再入場(せっかく700円も寄付したんだ!)。


 将来のダルビッシュやマー君、イチローは、ここには居ない。

 17、8の少年達、それこそボクの息子の年齢と言っても全くおかしくない彼らが打席に声を上げて入る、チェンジではグラウンドに全力疾走、金属バットの快音と共に打球が外野手の間を抜けて転々とする、二塁ベースに滑り込む・・・。その一挙手一投足が、眩しい。

 接戦だった。

 8対6。その場で勝者と敗者に分けられた。

 分からず屋なコメンテーターなら、したり顔で残酷だなんて言うのか?

 グラウンドの彼らの心の内は分からない。

 でも府予選1回戦から感じたこの清々しさは、何なのだろう。


 そう、この清々しい勝利と敗北の一瞬が、スポーツの存在意義であり、そこには感動が生まれるのだ。





 

 今、スポーツ界に起こっている病は、この根本的で単純で明快な感動が失われているのか、また結果と経緯が逆転しているのか?

 

 あっ!ボクもうかつにも、したり顔で論評をするところだった・・・。

 いかん、いかん。



 数十分の観戦だったが、その清々しさをたっぷり持ち帰った。

 次の試合で入場する球児達に、つい頑張ってな!なんて無駄口を叩く癖がやっぱり抜けないなぁ。

 

 帰宅後の風呂場で腕と首筋がヒリヒリ、うっすら灼けていることに気が付いた。


 出来うる限り、夏の体験をしようではないか!


 

 (追記)


 球場へ向かう前のこと。

 自宅を出る際に先日の『愛染さん』の縁日で持って帰って来た6匹の金魚の内、一番気に入っていた黒い出目金と一番小さかったが元気いっぱいだった金魚が水槽に浮かんで動かなくなっていた・・・。

 「寝たふりしてる〜」と息子。

 「いや、あんな死んじゃったわ」


 ティッシュに2人で包んでやり、球場のある公園の分かりやすい樹の根っこを見つけて、スコップで穴を掘らせ、埋めてやる。

 墓標の代わりに小さな枝を差し、近くに咲いていた黄色いタンポポとシロツメクサの花を摘んで置いて手を合わせた。

 ボクも昔、同じ辺りで、弟と2人でそうしたように・・・。


 彼にとって初めて「生と死」を身近に感じる事が出来た夏になるかもしれないな。



 
| スポーツ・エトセトラ | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
The Docter-Dr. J
JUGEMテーマ:スポーツ



 今年は、スポーツの年ですね。

 夏には、ロンドンでオリンピックが開催されます。

 連日眠い毎日が続きそうです。


 そういえば、カンボジア国籍まで取得して、マラソン代表に内定した筈の芸人、猫ひろしが認められませんでした。

 当たり前と言えば、確かに無理がありました。これに関しては、納得です。

 また日本国籍に戻れるのかな?今後、ワハハ本舗で何をするんやろ?第二の寛平ちゃんを目指す他無いのかな?

 方や西の女子ボクシングのしずちゃんは、残念でした。

 笑いも一切無し、ストイック過ぎて、ちょっと心配なくらいでした。いっその事、プロに転向して世界チャンピオンを目指してはどうだろう?


 ボクにとってスポーツは、とうの昔にやる側を離れて、もっぱら観る側です。

 ことスポーツと名の付くものに関しては、野球から相撲まで男女の差別無く大好きです。

 彼らは、憧れの超人であります。


 
 先日の連休に、まだ必死にやる側だった時の同窓生と小さな食事会を設けました。

 とあるSNSサイトが取り持ったものです。

 忘れかけていた30年近く前の2年半の話題が、噴出しました。

 その内の一人は、その後、その世界に身を投じ、日本のトップリーグで活躍をした男です。ボクら多くの同窓生はもとより後輩たちにとっても、一種の誇りでもありました。


 何の競技か、それは、バスケットボールでした。


 野球・アメリカンフットボール・アイスホッケーと並ぶ、北米4大プロスポーツのひとつです。

 俗に、NBAと呼ばれるこの世界のバスケットの最高峰には、今だ残念ながら日本人選手の活躍は達成されていません。

 野球に関してだけは、毎年日本人選手が入団を果たす様になりました。もうメジャーは夢ではなくなってしまいました。
 ダルヴィッシュも予想以上に活躍しています。

 欧州最大のスポーツ、サッカーも同じく。ドルトムントの香川選手の動向が気になりますね?


 さて、バスケットボールに話題を戻します。

 NBAと日本人に問えば、九分九厘が、マイケル・ジョーダンだと答える事でしょう。

 確かに彼が、80年代後半から90年代に残したインパクトは余りにも他の競技スポーツ選手を凌駕する空前の事件でした。

 それは彼の引退後も、一競技の枠を超え、今だに多大なる影響力を持って世界を席巻しています。


 しかし、ボクにとってのアメリカのバスケットボールとの出逢いは、彼ではありません。

 以前にも取り上げた気もしますが、この人です。

 
 The Doctor、

 またはDr. J

 Julious Ervingです!



 フィラデルフィア・セヴンティーシクサーズ時代です。

 このリンクでは、彼の往年の勇姿がたくさん見れますよ!
 http://www.philly.com/philly/photos/Dr_J_ABA_through_Today.html

 


 大半の日を運動場で、一つしか無い移動式リングに向かって、ゴムボールを放り投げていた頃、海の向こうのスーパースターでした。
 いや、そんな模範や目標に出来る身近な存在ではなく、異次元のヒーローともいうべき存在です。


 当時(1980年頃)は、日本ではNBAに関する雑誌等は無く、バスケット雑誌は『月刊バスケット』日本代表が花形です。

 ボクも初めて本格的な試合用に買った革のバスケットシューズは日本製でした。
 ナイキやアディダス、コンバースはごく少数派だった気がします。


 そんな世間的に知名度の薄かった米プロバスケットは、UHFで時々放送していました。アンテナ受信映りも悪く、国際ルールとも全く違います。
 あんなボール回しやプレーを真似ようものなら、顧問の先生からビンタを食らうくらい別世界です。

 その時、ダンクシュートっていうものを初めて観ました。

 後年知る訳ですが、Dr. J は、その先駆者です。


 マイケル・ジョーダンで一躍有名となった、フリースローレーンからのスラムダンクも、そのずっと何年も前に、Dr. J によって、第一回スラムダンクコンテストで披露したものでした。

 この動画、冒頭にその伝説の映像があります。
 他にも、神業満載!是非ご覧下さい。30数年前の奇跡です!
 まだ、マジックジョンソンもラリーバードはもとより、ユーイングもジョーダンもマローンもバークレーもいません。シャックもハーダウェイやコービーも子供だったはずです・・・。



 ちなみにDr. J は、コンバース!

 

 
 こんなものまで、あります。

 グローヴァー・ワシントン・ジュニアが、Dr. J に捧げた曲です。





 旧友達と再会後、こんな事を思い起こしながら、今年はどっぷりとスポーツ観戦に励みます。
 (息子が、許せば・・・。)



 書きたくないけど、交流戦早々、我が阪神は、あっさりと負けました・・・。


 

| スポーツ・エトセトラ | 22:45 | comments(0) | - | pookmark |
皆さん、ジェレミー・リンを知っていましたか?
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 運動というものと遠ざかって久しい。

 ましてやスポーツなどとは無縁の生活だ。

 おまけに膝をやってしまってからは、下りの階段もまだおっかなびっくり怪しいし、正座なども苦しい。

 少しの暇さえあれば出来る筈の筋トレすらも億劫になった。


 近頃のイビキもこの慢性的な運動不足が原因だろう。

 血液検査の数値からも如実に指摘されているのだから。


 このように我が事となれば、無縁となりつつあるスポーツ競技ではあるが、観る事(主にテレビ観戦だが)や情報収集には、時間を割いてきた。

 ところが近頃はそれすらも、雑事を理由におろそかになりつつあり、世間的な話題になってからようやく乗っかるという具合で、さっぱりだ。


 テレビに映し出されるアスリート達の躍動が余計に眩しいったらない。

 少し前だが、全豪オープンでの錦織君のパフォーマンスには、震えるほど感動もした。

 野球界でもまだ、ボクと同年齢の大ベテラン達が血気盛んで安心する。


 日本のアスリートの世界での活躍には、ついつい目を奪われてしまうし、大手マスコミもその事しか追わない。

 何といってもプロスポーツのマーケットは、欧米がその中心だ。

 だから、かのダルビッシュもベースボールの最高峰を目指して、海を渡る決断をしたのだろう。
 ごく自然な事だ。地元大阪出身でもある彼の成功を心から願う。


 さて、そんな中で、情報収集に出遅れていたアジア選手がアメリカで一大旋風を今巻き起こしているという。


 JEREMY LIN(ジェレミー・リン)

 


 NBA、アメリカ・プロバスケット、ニューヨーク・ニックス(New York Knicks)の選手だ。

 名前の響きでお分かりだろう。

 中国系のアメリカ人である。

 台湾出身の両親を持つ彼が、今冬のニューヨークの話題をさらっているのだ。

 
 名門ハーヴァード大学の卒業。

 1988年生まれの23歳である。


 ちなみにボクも、中学から高校生活の間バスケット・ボールに汗を流した経験があるが、当時のNBAなどという存在は雲の上どころか、サーカス的な次元の異なる見方であり、そもそもルールも国際基準とは大きな違いがあった。

 中学時代は、マジック・ジョンソンの登場、ラリーバードのロングショット、ドクターJのスラムダンク、ジャヴァのスカイフックショットなどなどと、自分達が真似ようものなら、すぐに顧問の先生の鉄拳が飛んできたであろう・・・。

 ちょうど中学最高学年の時にあのマイケルジョーダンがシカゴ・ブルズに指名されている。

 その記事は月刊バスケットのモノクロ欄に何行か記されていた程度で、同誌に特集された全国中学バスケットの記事にあった我がチームの写真の方がカラーで遥かに大きかった。

 

 横道に逸れたが、それくらいアジア人にとっての、アメリカン・スポーツ、とりわけバスケットボールは、いかんせんまずは体格差が、歴然とした壁として存在し、なおかつ分業制のメジャーリーグなどと違って、ベンチメンバーが12人と少数精鋭であり、特にジョーダン以降に登場する数々のスーパースターのほとんどは、黒人選手であり、その体格からは想像出来ないスキルを兼ね備えていて、言ってみれば、全米から選りすぐりの超人達ばかりなのだ。


 さて、JEREMY LINである。

 ポジションは、ポイント・ガード。

 チーム体系を指揮する重要な役回りである。

 公称191センチであるが、大男達に紛れているとやはり線も細く、小さい。

 そんな彼が全米に旋風を巻き起こしている。


 人種はもとより、その突然の登場にもニューヨークのファンが驚いたのだろう。

 

 ・・・無知なので、彼のこれまでの略歴を調べてみた。

 皆さんも一度ウィキペディアででも閲覧して下さい。

 名門ハーヴァード出身ながらも、ドラフト外の無名選手で、昨季はゴールデンステート・ウォリアーズでプレーをしていたそうだ。

 ニューヨークへの移籍も、長引いたロックアウト(ストライキ)で、開幕が遅れたドサクサと主力ガードの相次ぐ故障離脱にともなって実現した。

 それが今月に入って、突如リン旋風のお膳立てとなったのである。

 彼が加入後、弱小(昔は強かった。完全ウェバードラフト制、サラリーキャップ制の効果)ニックスを破竹の連勝街道へ導いたから、ファンもマスコミも黙っていない。

 
 LIN-SANITY!

 「狂気」を表す”Insanity”と掛けた文字が踊る。

 ご覧下さい、ニックスの公式ホームページもリン一色なのを。

 http://www.nba.com/knicks

 本拠地マディソン・スクウェア・ガーデンのチケットは高額で取引される。

 彼の背番号17が客席で揺れる。


 一過性で終わるんでは?の声もある。

 動画でそのプレイを観たところ、やはり最高級の選手と比べて確かに見劣りはする。

 ボクは、ご多分に漏れず、シカゴ・ブルズのファンだが、同じポジションでしかも同年代のDerrick Rose(デリック・ローズ)と比較すれば如実だろう。

 しかし、ともあれ、過去には日本人選手からも田臥勇太選手が挑戦し、契約したが破れた本場バスケットボールの最高峰の場でアジア人選手がニュースのトップを飾っている事は確かであり、今後の活躍にも是非期待したい。

 
 なお例外的には、中国の大巨人、229センチのヤオ・ミンの存在があります。

 彼は、昨シーズン限りで引退したとの事。

 入れ替わりで、リン旋風という偶然。


 参考までに、リンの公式サイトと、 
 http://www.jlin7.com/

 『LINSANITY』な動画を貼付けておきましょう。




 おまけに、こんなテーマソングも!


 ちなみにオールスター戦が、現地時間26日(日本時間27日)に開催されます。

 今年は久し振りに、NBAを追いかけてみますか!


 
 (ところで余談。)
  
  我が阪神タイガースの同姓のリン選手・・・。二軍でちんたらやってる場合じゃないぞ〜!

 台湾出身でしかも我が地元、近畿大学卒業。

 今年結果が出ないと、来年はオリックスか・・・?)
| スポーツ・エトセトラ | 22:42 | comments(0) | - | pookmark |
昭和の野球は、大阪球場にあった。
JUGEMテーマ:スポーツ



 昨晩、寝床に向かう歯磨き前にYouTubeを徘徊していて、偶然出くわした一本の動画に目が覚める程、思わず声を上げて笑ってしまった。

 これはせっかくなので、同世代の野球ファンにも閲覧して欲しいものだと、本日のお題の主役になって頂こう。

 この動画をアップされた方には深く感謝致します。




 さてその動画については後述するとして、

 球春が、本格的に幕を開け、地味だったスポーツ新聞の紙面が賑やかさを取り戻した。


 言うまでもなく、阪神の情報収集が主目的である。

 

 やはり今年の話題は、大学野手ナンバーワンの呼び声高い、

 伊藤隼太に注目が集まる。

 
 印象的には、鳥谷をやや小粒にした感じはするが、生え抜き野手の台頭は近年の急務であり、一年目から外野の一角を争う存在になって欲しいという期待が膨らむ。


 先ほどまで、ケーブルチャンネルのキャンプ中継にしばし目をやっていた。

 首脳陣も一新された。

 こちらも生粋の生え抜きである和田が監督に就任した。

 阪神ファンにとって、いわゆる『暗黒時代』を支えた和田の印象が今も強い。同じくその時期を過ごした藪のコーチ就任も今年の見所の一つだろう。


 贔屓目抜きにしても戦力的に見れば、充分に覇権を争える駒が揃っている風に見える。

 シート打撃風景の金本も見たところ健在だ。同い年だからもう一度あの力感あるスイングで甲子園のマンモススタンドを湧かして欲しい。

 なぜか気になったのが、城島の伸びた髪型だ。

 キャッチャーミットではなく、ファーストミットで守備に着いている。遠目なら誰だか一瞬見間違う風貌だ。開幕にはまた刈り込むのかな・・・?


 とにかく、阪神が躍動してくれないと、野球中継にチャンネルを合わせる気が失せるので、

 頼んまっせ!ホンマに。


 阪神の話をし始めると、とめでもなくなるので、これにて例の動画を観てもらって主題に入ろう。


 ひとまずは、この動画をクリックして、気長に最後まで観てもらえますか?


 タイトルは、「南海VS阪急 ヤジ合戦』



 

 
 ・・・さぁ、初見の方、どうでしょう?

 抱腹絶倒、こんなヤジ合戦が行われたのは、昭和が終わろうとしている頃。

 舞台は、大阪球場

 大阪の若い人の中には、ここに球場があったことも記憶に無いという声もある。

 そりゃそうだ。ミナミなんばのど真ん中だ。

 今はショッピングモールに様変わりして、近くには東京資本の家電量販店、高層マンションもそびえ立って、そこにあのすり鉢型の野球場があって、毎日歓声が響いていたなんて、ボクでももはや想像が出来ない。

 野村や門田の場外ホームランがポンポン飛んできたのではないだろうか?


 くしくも、この動画の放送日付昭和63年を見て、この年限りで両球団とも突然の球団の身売り発表となる。

 南海・阪急ともに、日本プロ野球の創成期の屋台骨を巨人・阪神・中日などと背負い覇権を争って来た最古参の強豪球団だった。

 まさかの球団譲渡の報道とその身売り先が、ダイエーとオリエントリースという当時のバブル景気に浮上した企業だった事にも時代の波を感じたものだった。

 映像を観てもらったらご察しの通り、閑古鳥の鳴いた球場の一塁側と三塁側でヤジ合戦が出来るその現状が何をか物語っている。


 昭和の野球の終焉を見る様で、繰り広げられるあの呑気なヤジもそんな最後の灯火だったのかもしれない。

 『野球』は平成に入って、ドーム球場化し、より『ベースボール』へと移行していく・・・。


 あの両応援団のおっさん達はその後も変わらずヤジり続けたのだろうか?

 南海の人は、ダイエーファンにすんなりとなったのだろうか?


 

 関連動画を2つ貼付けておこう。

 閑古鳥が鳴く一方で、パリーグはこの昭和最後の年、63年。

 空前の盛り上がりを見せた。

 そう忘れもしない、10.19 涙のロッテ・近鉄ダブルヘッダーと、

 翌平成元年10.12 近鉄・西武戦奇跡のラルフ・ブライアントの4連発である。



 ニュースステーションをぶち抜いて、生中継された。

 10.19 同じ日に阪急の身売りも突如発表された。
 ちなみに動画最初にホームランを放った吹石選手は、某女優さん(近頃福山某と熱愛報道があった)のお父さんだ。

 

 
 ともかく全身に鳥肌が立った、ブライアントのホームラン。
 1試合目の3発目を打たれて、膝を落とすのは、当時アイドル的な扱いもされた現ライオンズ監督・渡辺久信である。(フサフサ、サラサラだったね〜)

 ちなみに、この年の日本シリーズは、対巨人。

 近鉄3連勝の後、投手加藤哲の球史に残る「巨人はロッテよりも弱い」発言、4連敗。

 


 
 その後、ダイエーは福岡を本拠地にし、王監督を招聘。優勝争いに加わるチームに変貌したものの、今度は当のダイエーが多角化に失敗、バブルの崩壊とともに親会社も共倒れ。
 大阪千林商店街のスーパー『主婦の店』から一代で築き上げた名物オーナー中内氏もこの世にはいない。

 そういえば、我が家の近くにもあった、「主婦の店」は主婦の味方だった・・・。


 阪急から、当時は何が本業が分からなかったオリエントリースは、この買収を機に、オリックスに改称。

 チーム名も由緒あるブレーブスからブルーウェーブへ。ユニフォームのカラーリングも一新され、阪急色は無くなった。

 本拠地も西宮球場から移転。その西宮球場も先頃ショッピング施設へ変貌を遂げている。

 そのオリックスは90年代に入り、前述10.19、10.12の主役でもあった仰木監督を招き、イチローの出現と1995年の阪神大震災における被害から立ち上がる神戸のシンボルとして、同年優勝を果たす。



 そんな変革を迎えた野球。

 この当時は最強のスポーツだったが、今や昔。

 巨人の中継は、全く大阪の地上波ではやらない。


 阪神は、事も有ろうか、約20年前に野球を見切った当事者でもある阪急と企業統合した。

 今年は、横浜が携帯ゲーム事業会社に譲渡された。


 この頃の様な、野球の雰囲気はもはや無い。

 もしかしたら望めないのかもしれない。

 多くの有能な選手が、海を渡る。


 地域密着型と言うが、このヤジ合戦を見れば、ずっと前から形は違うけれども地域に密着していた。


 どちらが良いというのではなく、12球団が同じ色に染まってしまう事だけは避けて欲しい。

 
 だから我が阪神よ!

 あの宿敵巨人に立ち向かう猛虎の魂をこのキャンプで培っておくれ!

 


 

| スポーツ・エトセトラ | 21:56 | comments(4) | - | pookmark |
『生かされている命』
JUGEMテーマ:スポーツ




 プロ野球は、情けない事にゴタゴタした末に開幕の延期が決まった。

 もうひとつ野球が春の到来を告げる高校野球選抜大会。

 こちらは、高校球児が例年通り甲子園球場に集まった。

 開幕の朝、営業中のカーラジオから流れる選手宣誓に一瞬耳を奪われた。

 
 創志学園高(岡山)の野山慎介主将による選手宣誓は以下の通り。

 
「宣誓。
  
  私たちは16年前、阪神淡路大震災の年に生まれました。
  
  今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。
  被災地ではすべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。
  
  人は、仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えることができると信じています。

  私たちに今できること。それはこの大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。

  がんばろう!日本。

  生かされている命に感謝し、

  全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います」



 この全文が耳から体中を巡って、得も知れない様な涙が溢れて仕方なかった。

 日本中の人達が何がしか抱いている気持ちを弱冠16歳の若者が全国に向けて高らかに宣言していたからだ。



 先週は、大好きなブルースマンの訃報も耳にした。

 Big Jack JohnsonとPinetop Perkins

 二人とも同じブルースとひとくくりにしても、年齢も音楽性も違うが、多くのブルースファンにとっては、残念な知らせだったのだろう、方々で二人の死を悼む声が聞こえた。


 
 
 言わずと知れたマディー・ウォーターズのピアニストとして、オーティス・スパン亡き後を支え続けたパイントップ。

 軽やかに跳ねる彼のピアノは70年代のマディー・サウンドには必要不可欠であった。

 シカゴブルースのある完成形の教科書の様なアンサンブルを司っていたのは、まぎれもなくパイントップだろう。

 動画を観れば一目瞭然、最強布陣です。

 

 3月21日、97歳での大往生でした。

 ありがとう。

 http://www.pinetopperkins.com/



 
 
 ビッグ・ジャック・ジョンソン。

 フランク・フロスト、サム・カーとのJelly Roll Kingsのギタリストとして始めて知った時、

 「こんな、ブルースもあんねんな〜」と、半信半疑だった気もします。

 彼の単独日本公演を見逃した事は、今もって後悔のひとつです。

 その後、虜になった事は言うまでもありません。

 
 観ろ!黒光りする、南部のブルース魂が画面から飛び出そうな勢いを!

 

 Jelly Roll Kingsそろい踏み!
 (フランク・フロストはハーモニカではなくキーボードですけど)
 
 
 
 3月14日享年70歳、
 
 まだまだこれからという年齢だったのはつくづく残念です。

 http://www.bigjackjohnson.com/


 二人の偉大なるブルースマンのご冥福を祈ります。

 これからもあなたが残したブルースを聴き、感じ続けます。


 
| スポーツ・エトセトラ | 23:45 | comments(0) | - | pookmark |
『猪木対アリ』がボクに残したもの。
評価:
田中伸明
オープンハウス
¥ 5,000
(2010-05-15)

JUGEMテーマ:スポーツ


 現在のJUGEMブログへ引っ越してくる前は、プロバイダー系のブログを利用していた。

 当時は、ブログの性格も効能もはっきり分からないままに登録したので、プロバイダー契約終了と同時に約1年分の日記が全て消去されてしまった苦い経験がある。

 書き始めた頃は、とにかく思いつきをただ臆面もなく書くという手法でとても読めたもんじゃなかったかもしれないが、今よりも数多くコメントを頂いたり、日記の内容によっては失われたことが悔やまれるものも少しは含まれる。


 そんな消えた日記の中に、確かこんな思いを書いた記憶が残っている。

 『自分に影響を与えた3人のヒーロー』

 ブルース・リー。

 松田優作。

 そして、アントニオ猪木


 40代の人なら、頷く人もいるんじゃないでしょうか?

 男なら誰でもヒーローに憧れるもの。

 強くて、逞しく、正義感を持ち、冒険心に溢れ、
 しかしどこか無口な一匹狼のアウトロー。

 3人はこの男の憧れをブラウン管の中で少年にいつも体現してくれた。


 特にアントニオ猪木。
 無論今も健在だが、猪木の現役時代を知らない人達が視聴者のどれくらいになったのだろう。


 ボクの時代のプロレス中継といえば、巨人阪神戦と同等、あるいは翌日の教室での会話では、それを上回っていたかもしれない。

 新日本プロレス旗揚げ後、ストロング・スタイルを自称する新しいプロレスの姿を自ら体現しようとした猪木の数々の激闘を小さな瞳に刻み込んで育った。


 その『猪木』の名が一躍世界に轟く事となるエポックが、

 あの『アントニオ猪木対モハメド・アリ』の一戦である。

 時は1976年。ボクはまだ8歳の少年だった。


 この事件とも捉えられる重大性と試合前後の詳細と顛末はのちに知る訳だが、当時ボクシング世界ヘビー級王座にカムバックしていたアメリカいや名実ともに世界のアスリートの頂点に立っていたモハメド・アリと一介の東洋のプロレスラーとの対決を実現させた事自体が驚くべきことだ。

 猪木はこの一戦実現のために莫大な借金を抱える事になるが、8歳の少年のボクにはそんな細部等無関係だった。ただ、「猪木とアリが闘う!」それだけで生まれて初めて胸が張り裂けそうな緊張と高揚を感じていた。


 「格闘技世界一決定戦」と銘打ったゴングが鳴る。

 
 少年の描いた夢の結末は、猪木のドロップキックがアリの顎に炸裂し、最後は豪快にバックドロップ、もしくは伝家の宝刀コブラツイストでアリが泡を吹いてギブアップ・・・。

 しかし猪木は、15ラウンドほとんどを寝っ転がって、アリの太腿を蹴っていた。


 ブラウン管の前で退屈に過ごした。はっきり言ってしまえば猪木に幻滅した。

 その後封印されたこのアリ戦。もちろんアリのキャリアにこの記録はエキシビションとして残っている程度だろう。
 けれど、その何十年経った現在の総合格闘技の原点として、あの一戦は燦然と輝きを放っている。

 今一度映像で振り返れば、アリは10ラウンド以降表情が一変する瞬間が確認出来る。

 


 10年近く前に某ショップの棚に偶然見つけたこの試合のアメリカ国内で行われた上映サーキット(実際この上映サーキットが収入源だったらしい)のポスターがプリントされたTシャツを手に取った時は、声を上げて即レジに走った。

 これを着ると「燃える闘魂」と「蝶のように舞い、蜂の様に刺す」両方を味わえる。

 

 


 そんな今も変わらぬ冒険心を持つ猪木が、今年デビュー50周年を迎えた。

 力道山がブラジルでスカウトして以来の遠い過去の話である。

 春先のスポーツ紙の広告欄に掲載された、
 『アントニオ猪木全記録』なる冊子に目を奪われた。

 表紙の装丁だけでも充分に魅力的な一冊だ。但し5,000円の価格に二の足を踏む。


 筋金入りの猪木ファンの人、購入していたら是非パラパラとで構いません見せて下さい。

 ちなみに現在某スポーツ紙にかつて猪木の懐刀、山本小鉄氏のコラムが連載中だ。先日はこのアリ戦の内幕について短いながら当事者ならではの興味深い文章が面白かった。上に貼付けている映像でも若き日の小鉄氏を見つける事が出来る。


 一方のアリは、その後の長い現役生活の後遺症なのか、パーキンソン病を患い、あの饒舌な言葉を失った。いつかのアトランタオリンピックで最終聖火ランナーとして点火したときには感動して泣いた。

 そのアリの数ある名勝負の中でこれも特筆される一代イベント、試合後『キンシャサの奇跡』と謳われる、ジョージ・フォアマンとの一戦(猪木戦の2年前)。

 アフリカで行われたこの世紀の対決は、70年代最大の黒人の祭典として記録されている。

 試合の方は、フォアマンの突進に耐えたアリが奇跡の逆転勝利という劇的な結末だった。

 この祭典は同時に、ジェイムズ・ブラウンやビル・ウィザース、BBキング、スピナーズ等のブラックミュージックの祭典でもあった。


 偶然にも猪木50周年の今夏、この音楽の祭典を記録した映画
 『ソウル・パワー』が上映される(東京方面では6月から公開中)。

 

 映画『ソウル・パワー』
 
 これ!必見でしょ?ブラックパワー満載ですね。
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 映画『ソウル・パワー』



 と言う訳で、『猪木対アリ』が残したもの・・・って一体何だったんでしょう?

 格闘技史上の伝説?
 それとも一世一代の茶番劇?

 それは本人同士しか知り得ないのかもしれません。


 ひとつだけ、言えるのは、当時まだ8歳のちびっ子だったボクの心に死ぬまであのアリキックは刻み込まれたことです。
 中学生になっても、恒例だった昼休みのプロレス大会ではアリキックは不動の必殺技として喝采を浴びましたから。
 

 あの試合の猪木を知っているので、突拍子もないことを今でも発想する猪木を許せてしまうんでしょう。

 アントニオ猪木よ、永遠なれ!
 

| スポーツ・エトセトラ | 00:35 | comments(2) | - | pookmark |
1492
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 1492

 某今話題沸騰中のあのベストセラー作家の著書の題名ではありません。

 我がタイガースを変えた男、『アニキ』『鉄人』金本知憲選手の記したある数字です。


 世界記録、連続試合フルイニング出場。

 それはさかのぼること広島カープ時代の99年以来足掛け10年にわたって刻まれる前人未到の数字だ。

 
 派手なホームラン数や安打記録などと比較すると、プロ野球通以外の人には、その偉業が伝わらないかもしれません。

 しかしこの10年以上、03年阪神にFA移籍してから数えても7年間、ただの一度も休まず、それもゲームセットを審判が告げる瞬間までグラウンドに立ち続ける。
 これが、如何に困難なものかということはのちに数字で比較したい。
 
 また、この偉業の陰には計り知れない身体のケアと強靭な精神力とを持ち合わせていなければならないことも。

 
 浪人して東北福祉大学からカープに入団した頃は、線も細く、同世代の江藤・前田・緒方らに比べてレギュラー確保までの道のりは決して平坦ではなかったと記憶します。

 実際、カープの主軸として全国的に認知されたのは、3割30本30盗塁をマークした頃からでしょうか。

 その金本選手が、星野監督に請われてタイガース入りを決断した時のことを少し振り返ってみても、この大記録はもとより、選手としては晩年とも言える30代後半に差し掛かる彼にどれだけ期待を抱いただろう・・・。

 前年同じくファイターズからFAで移籍して来た片岡選手も額面通りの成績を残さずに終わった後だけに、期待半分、不安半分といった感じだった気がする。


 ところがその年、18年ぶり歓喜の優勝を遂げる牽引車となり、この年を機にダメ虎はまさしく生まれ変わったのだ。

 その明るいキャラクターとここぞの勝負強さ、そして何よりも圧倒的な存在感。

 
 この記録を重ねる間には幾度となく大きなケガに見舞われたものの、平成の鉄人はいとも簡単に不屈の闘志で乗り越えた。
 ある時は、骨折しても片手一本でヒットを打ち、普通なら走る事も困難な膝の故障にもびくともしなかったのである。


 その彼の名前が、先だって日曜日の横浜戦のスターティングラインナップから突然消えた。

 開幕前に痛めていた右肩がファンの目から見ても分かるくらいに悲鳴をあげていた。
 最終的に出場を促す首脳陣に自らの意志で欠場を伝えたという。

 理由は「守備で投手に迷惑をかける」自身の記録よりもチームの勝利を優先したプロらしい英断だった。

 
 翌日の新聞各紙はこの話題が一面を賑わせた。記録が途切れたことが残念だという論評もいくつかあったが、この記録がどれだけの偉業だったかを数字で比較してみる。

 世界記録というのは最初に記したが、それ以前の日本記録は、同じくタイガースの往年の名三塁手、三宅秀史選手が残した、700試合連続である。
 
 それでは、世界記録はどうだろうか?
 まだ記憶に新しいボルチモア・オリオールズのカル・リプケンJr.が記録した904試合。(ちなみにリプケンは、当時の世界記録だった広島カープ衣笠選手の2,215試合連続出場を塗り替えている。通算2,632試合)

 あらためて1,492試合連続フルイニング出場が、前人未到の大記録なのかが分かるだろう。

 今後果たして、この記録に挑み、塗り替える選手が出てくるだろうか?

 王貞治の868本塁打(世界記録)
 金田正一の400勝(世界記録は、サイ・ヤングの511勝)
 福本豊の1,065盗塁(世界記録はリッキー・ヘンダーソンの1,406盗塁)などと充分に肩を並べる様な大記録である。


 金本選手は、その後も代打で出場し、連続試合出場は継続中である。昨夜はヒットも打った。

 先日42歳を迎えたアニキは、小生とは同い年だ。

 うかつに階段などを急げば、足を取られそうになる年齢になった。
 我々にとって金本アニキは、希望の星なのだ。

 この先に彼の見据える道は何なのか?もちろんチームの勝利に貢献することだろう。

 衣笠選手の連続試合出場に挑むのか・・・。金本の目はどこを向いているのだろう。

 ボクの個人的希望を言えば、肩を完治させて50歳までタイガースの4番を打って欲しいものだ。

 

 「金本、ご苦労様!」なんてまだまだ言いませんよ。
 これからもあなたのフルスイングはボクの希望の星です。

 グラウンドで会いましょう!

 


 
| スポーツ・エトセトラ | 22:41 | comments(0) | - | pookmark |
辰吉丈一郎が大好きだ!
JUGEMテーマ:スポーツ


 辰吉少年
 
 先週から2度にわたって、某バラエティー番組で辰吉丈一郎の過去から現在が大きく取り上げられた。


 放送した同局の映画『ROOKIES』の番宣とのタイアップというのが余計だったが、ファンの一人としては興味深かった。

 15歳でボクサーを目指して大阪にやってきて瞬く間に世界の頂点に駆け上ったくだりは痛快そのものだが、彼が今だ人を惹き付ける魅力はその後の物語にある。
 驚くのはその物語が現在進行中の終わりなき旅の途中にいるということだ。
 

 
 第1回の番組では薬師寺保栄との統一王者戦をほぼノーカットで放送してくれた。これは有り難かった。結果が分かっている10数年前の試合を今も尚、固唾を飲んで観られるのか不思議だった。

 一方昨日放送されたタイでの復帰第2戦では39歳になった彼が力なくリングに尻餅をついて負けを宣告されていた。

 それでも彼は、また控え室で言う。

 「まだ終わってへん、チャンピオンになりたい」

 デビュー戦から全ての試合は欠かさず観ているはずだが、実際に生で観戦したのは、結局最後の世界戦となった1999年8月の大阪ドームでのウィラポン戦のみ・・・。

 この10年前のパンフレットには『最終章』と銘打たれていた。

 誰もが辰吉に引導を渡したがっていた。ファンもきっとどこかで「辰吉、ご苦労さん」と言いたいはずだ。ボクも3度も世界の頂点に立った輝かしい元チャンピオンが、嫌いな飛行機に乗ってタイの若い無名選手にめった打ちにされるシーンを観るのは、辛すぎる。

 でも潰れた瞼の奥に微かな眼光を見つける時、また彼の前代未聞の旅を応援したくなる。


 辰吉の人生とボクの人生が重なる部分はひとつもない。
 だからこそ彼に魅了されるんだろう。

 
 唯一危惧するのは、やはり命の危険。日本ではライセンスを剥奪されたどころか、世界機構側からも試合を認めないと通達されている。

 
 最後にYOUTUBEより、ウィラポンとの最後のタイトル戦。4ラウンドから最終7ラウンドまで。
 ボクは友人と二人この悲鳴の中に居た。
 ドームのスタンド中段から崩れ落ちる小さな彼を目撃し、言葉も無く涙したことを思い出した。

 

 


 『浪速のジョー』と呼ばれたが、
 漫画ですら描けなかったボクサーが実在している。


      辰吉チャンプ
 

 

| スポーツ・エトセトラ | 18:06 | comments(2) | - | pookmark |
「よっ!!千両役者〜!」
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 千両役者
 千両役者
 (現代国語例解辞典より)
 センリョウヤクシャ
 「座の中心となる格式が高い役者。また、芸、容姿にすぐれ、人気のある役者。
 千両の給金を取る役者の意。」


 
 はじき返された、センター前へ抜ける打球を追いかけ、とっさに頭に浮かんだ言葉。

 この一撃でサムライ・ジャパンは2大会連続で世界の野球の頂点に立った。

 カーラジオ
 平日昼間放送のじれったさ。移動中の車中のラジオの断片的ニュースしか情報手段が無いもどかしさ。
 信号待ちで停車した隣の運転手は、ワンセグ携帯にどうやら釘付けらしい。
 気になる気になる・・・。


 この決勝打までのシーンは帰宅後の編集特番で確認。
 試合経過の詳細はとうに分かっていても興奮するのだから、生で観戦した人の大騒ぎは、一野球ファンとして羨ましい。

 本人も素直に認めたこの『おいしいとこ取り』の主は、言うまでもなく、
 
 イチロー選手。
 星の下に生まれる人というのは、本当に実在するんだな。

 
 春休みに突入したばかりの小学生達の草野球風景が増殖するだろう。

 思えば、あの神戸の震災での被災者を励ました若きイチローを憶えていますか?
 その後、孤高の天才として、海を渡った彼の躍動する勇姿を楽しめるのはあと数年かもしれない。

 
 高校球児の様な彼の爆発する笑顔に好感を持った。

 役所の例文にありそうな、鈴木一朗。
 91年夏。愛工大名電の4番でエース。


 地方大会での18歳のイチロー、YOU TUBEより。
 すでに、『野球の申し子』と形容されている。
 
 打つ18歳のイチロー。

 
 投げるイチロー。


 最後に少しばかり、この大会に対する苦言と不満。

 まず、アジアの韓国と5度も対戦する組み合わせに率直な疑問。
 感覚的に、キューバと韓国としか試合をしなかった気がする。
 中南米の強豪国との対戦も観たかった。
 
 本国アメリカのやる気の無さと認知不足。
 なんでも決勝戦の国内視聴率は、わずか2%だったという。

 そして、タイガースファンの総意見であろう。
 準決勝・決勝で藤川球児が抑え登板を外された理由。

 ダルビッシュの華を選んだのかな?と思いたくないが、
 そのお陰で上の劇的な演出が起こったのかと思えば、
 まぁ、良しか・・・?

 

 さわやか
 あ、この画像は、さわやかジャパンの社長でした。
 今日のオチ。
 チャン!チャン!


| スポーツ・エトセトラ | 23:30 | comments(0) | - | pookmark |
寛平ちゃんを応援します!
JUGEMテーマ:スポーツ


 毎日という訳にはいかないが、週に何回か、ほんの短い時間の申し訳程度のウォーキングをしている。

 足掛け20年落ちた心肺機能と筋力は、想像の域を遥かに超えて失われていた。
 全力疾走等試みようものなら、忽ち足はもつれ、スッテンコロリン地べたに転がるだろう。
 厄介な事に脳の奥には、軽やかだった記憶が残っているものだから、このどうしようもないギャップを整理、自覚するまではまだもう少し時間が必要である。

 
 夜更けの真っ暗な公園の一周約1.5キロの外周路は、ビックリするほど賑やかだ。

 本格的なランナー集団もいれば、ダイエットスーツでひとり黙々と自分のペースを守り走る人、
 完全に井戸端会議の延長のおばちゃん達・・・。
 もう何人か常連さんの顔を憶えつつある。

 いつまで続くか不安もあるが、とにかく、無理をせずに今のペースを継続することを目標とする。

 交通量の多い幹線道路が横手を通る為、必ずしも美味しい外気を取り込んだとは言えずとも、うっすら背中に汗を滲ませた後の食卓と熱い湯船は心地よい。


 ・・・と、よっぽど頑張ってる前振りですが、
 「今日は、2周でヤメよか?」とか、
 ちょっと走ってみては、
 「左足が、ちょっとおかしい!」など、何かと理由をつけては、くじけている次第。


 お知り合いの中には、毎朝何キロも走っているとか、自転車レースの練習に何十キロのロードワークを欠かさないという方もあるので、取るに足らない我が話はこの辺りで止めます。


 今夜のお題は、寛平ちゃん
 関西人なら誰もがそう愛着を持って呼ぶ、間寛平。

 新喜劇での止まらない爺さんは、実生活も止まれなくなってしまった。

 アースマラソンという、途方も無い企画を現在実行中。・・・というかまだ始まったばかり。
 難波グランド花月から千葉まで走り、正月にはヨットで太平洋に出た。
 その彼が、先日70日余りをかけて、ようやくアメリカ本土に到達したという。

 故植村直己や「太平洋ひとりぼっち」の堀江謙一ら冒険家と称される人だって、こんな冒険は思い付かなかったのではないか?
 何しろ、このあと約100日でアメリカ大陸を自分の足で走り抜け、また大西洋をヨットで渡り、今度はヨーロッパからユーラシア大陸を縦断して日本に帰国するのは、予定では2011年というから、開いた口が塞がらない。
 
 この冒険をひと言で解決しよう。
 
 『阿呆』だ!愛情込めて、世界に誇る正真正銘アホだ!

 出航後から時々YOU TUBEで、日々更新される寛平ちゃんの苦闘の様子に感動している。
 http://www.youtube.com/user/earthmarathon

 小学生時代のあの頃、土曜の昼は、たこ焼きと吉本新喜劇が必ずセットであった。
 寛平ちゃんのしょうもないギャグは、計算ではないことが、今判りました。

 貴方は、本当の『阿呆』だったんですね?

 還暦になっても『阿呆』を追い求める貴方を私は尊敬致します。

 無事、36,000キロを走り抜けて帰ってきた寛平ちゃんは、芸人初の国民栄誉賞にしましょう。
 総理大臣にそれを授与される時、寛平ちゃんなら、必ずこう言ってくれるはずです。
 
 「おおき〜に〜、あへあへ、うひは〜」


 「次は、月まで走るわな〜」とか言いそうや・・・。


 公式ブログ。
 http://www.earth-marathon.com/


 
 進ちゃんとの黄金コンビ!

 
| スポーツ・エトセトラ | 00:48 | comments(0) | - | pookmark |

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