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I'm Just A BAD BOY
JUGEMテーマ:音楽





 『BAD BOY』

 出だしのギターフレーズから、すぐにそれと分かるシカゴブルース史に名を残す古典である。


 この1955年録音のミディアムシャッフルブルース、ジャムセッションなどでも取り上げられることもしばしばだ。

 そして必ず喝采の拍手を浴びる。

 特に派手な曲でもなく、ブルースに求める価値観が異なる人が耳にしてもピンとこないかもしれない。


 ボクにとっては、この曲を唄う主、

 Eddie Taylorは、

 唯一無二の存在だ。


 ブルースを知り、足を突っ込んだ頃には、残念ながら若くして故人となっていて、本人名義から幾多のミュージシャンのバッキングですぐにエディーだと分かるギターに酔いしれたのは、残されたレコードと希少な映像のみであった。

 先ほどと重なるが、ソロブルースギタリストに共通する搾り上げる(スクィーズ)様な表現方は少ない。

 が、そこには、まぎれもないブルースがある。



 彼のバイオグラフィーは真偽ともかく、検索すれば事細かく記載されているのでボクなどが記す必要もない、エディー・テイラー。

 1923年生まれというから、今年生誕90年。


 ミシシッピの生まれだ。

 農場労働などを経て、他のブルースマン達と同様にシカゴを目指し、北上する。


 この道中で出逢ったJimmy Reedとのちにあの数々の名曲をVee Jayに記録することになるのだ。


 自己名義曲『BAD BOY』は、その合間に収録されたもの。

 彼の代名詞は、通常ならシングルヒット曲『BIG TOWN PLAYBOY』とするところだが、この『BAD BOY』も彼を装飾する意味ではうってつけとなった。



 
 ブルースミュージシャン達は、愛称や芸名を名乗る場合が多い(この流れは、現在のヒップホップなどにも通じるか)。

 現在"TAKAGIMAN"なんてヘンテコな名前を名乗らざる?えないようになってしまったけれど、ボクも肝心要の腕を磨くよりも先に、そんなことばかり考えていた時期があった。


 実際に身近な先輩ミュージシャン方も「ほ〜〜〜」というネーミングで覚えられ、呼ばれていたりした。


 ボクが二十歳、「ブルースを聴いている」という理由だけで、ドラムとバンドを同時に始めた時、そんなニックネームを持つたくさんのブルースミュージシャンのライブ観戦に足しげく出向いた。

 

 そんな人物の一人に今回の日記に紹介する先輩がおられた。

 
 10も20も離れた先輩諸氏に、若輩のボクが気軽な言葉を掛けられるような雰囲気が無かった当時、気さくに接し、応じてくれた人物である。


 ステージでは、ニックネーム、

 「バッドボーイっ!」と紹介されていた。

 明里氏であった。


 愛称通り、エディー・テイラーを信仰することはステージを観て一目瞭然だった。

 その出逢い以来、いつか氏のバックでドラムが叩ける日が訪れることを目標と定めた。


 昨日、氏を訪れ、膝詰めで僅かな時間ながらブルースの話をした。

 二十年以上を経て、二度目のことである。


 ご多分に漏れず、やっぱりボクの一方的な問いかけや昔話に終始したが、氏は嫌な顔ひとつせずに、頷いて聞き役に徹してくれる。

 もっともっと深く語れば、一昼夜でも足らないだろう。


 お互いに平素は働きながらも好きなブルースを続けてこられた。

 回想話に出演する登場人物も事情があって活動ままならない、あるいは、ステージに立たなくなった、楽器を置いてしまった例もある。


 「ネットやSNSが、このご時世では大半の情報交流の場ですわ〜」


 ご自分の若き日のことも回想しながら、戸惑っておられる。



 最新から埋もれていた情報も即座に共有出来る、今。

 それも世界を通じてである。


 日本の片隅にいる「BAD BOY」のギターに、

 遠い国から感想のコメントが舞い込んだりもする。


 「怖いね・・・。」

 氏は、苦笑いした。


 数年前、お互いが初めて出逢った場、堺のレコードショップのスタジオを借りて企画した、

 『BLUES BEFORE SUNRISE』で、急造したバンドで、ギターをお願いした。

 スタジオ練習はおろか、打ち合わせも無く、本番のステージに立った。


 客席の隅から眺めていた氏の後ろ姿は新鮮で鮮烈だった。

 「この編成で、バンドやりしょ!」

 即座にボクは、打診し、

 「アイパー大西&The Seeds Of Reed」と名乗り、何度かステージを共に出来た。

 二十年越しである。



 先日、京都拾得で、昔の様に客席から見上げていた。


 大野木氏は、紹介した。

 「BAD BOY!明里〜!」



 並べて貼付けたら、怒られそうだが、氏が憧れ続けるEddie Taylorは、

 良いのか、悪いのか、

 「いつでもこうして足を使わず観れるご時世ですわ、明里さん?」


 
 この有名なアントンズでの映像の話題になり、晩年のEddieも凄いが、Luther Tuckerのえげつなさを2人で語る。





 こちら目立っているのは、Carey BellとHubert Sumlinだけれど、しっかりEddie Taylorが背後で寡黙にウォーキンベースを刻んでいる存在感が肝だ。

 このセットでの音源は、Eddie名義アルバム『My Heart Is Bleeding』で堪能出来る。








 

 前述『BLUES BEFORE SUNRISE』での明里氏ソロ。




 アイパー大西&The Seeds Of Reedとして、「拾得」






 
| ブルース・エトセトラ | 11:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
MAGIC SLIM BLUES JAM at ChicagoRock.
JUGEMテーマ:音楽



 土曜日の昼過ぎ、目的は別にあったのだが、以前からの約束通りに某大先輩ギタリスト氏宅を家人とともに訪れる。

 


 客席でその一挙手一投足を眺めていた側だったので、20年以上は過ぎた今もって膝をつき合った話をした事がなかった。

 先輩の自室に通された。

 緊張したが、やっぱりベラベラと大きな声で喋っていたのは8割ボクだった。

 

 ライブでご一緒したり、時々のジャム、近頃は客席に御姿を見つけることに至っては、恐縮する。

 昔から変わらぬその分け隔てない物腰の柔らかさは、到底ボクには真似出来ない。

 何度か目にした厳しさも知っているので、尚更である。


 「昨日は、行けずにゴメンね。」


 玄関先での「いらっしゃい」の次に出た言葉である。



 前日記に緊急な告知をしたが、アドレスにあるブルース関係者の方々にも同様な一斉メールを同日送っていたからだった。



 MAGIC SLIM BLUES JAM

 そうご案内した。

 彼の訃報(その日の夜、錯綜した情報の中、現実にはネット上に一斉に訃報と広まった時間帯には、彼はまだ闘っていた。)に際して、一方的な彼のファンの立場でありがながら、こんな急な企画をした事に今、日が経って自問自答している。


 上の様な情報の錯綜もしかり、全く急なこちら側の勝手なお誘いに不参加の返事をしなければならなかったMagic Slimが大好きだったはずの仲間達の気持ちも充分に汲み取るべきだった。

 その悲しい報を受けた自分の中に出来た空虚な気持ちを言い方が悪いがどうにか払いのけて、感謝の気持ちに転嫁したかったのだ。

 一人ではなく彼を共有する人達と囲みたかった、

 動機は、その一点である。

 
 同日足を運べなかった方々、誠に申し訳ありません。

 同じ気持ち、いやもっと熱い気持ちのある事、勿論理解しているつもりです。




 二つ返事で同夜、急遽場所を提供して頂いたのは、

 大阪南森町/Blues&Soul Bar ChiagoRock


 マスターも、急ごしらえのフライヤーを拡大コピーしてくれていました。


 先に亡くなった、実弟であり、The Teardropsの中核を担っていたベーシスト、Nick Holtの肖像写真は、何年もシカゴロックのアンプの上に揺れています。

 仲良く兄弟を並べ、

 途中、ジンを手向けました。




 
 Magic SlimことMorris Holt。

 現地2月21日、永眠。75歳。


 Magic Slim Official Websiteでの公式アナウンスです。
 http://www.magicslimblues.com/apps/blog/show/23933912-for-immediate-release

 所属レーベルBlind Pig発表。
 http://www.blindpigrecords.com/index.cfm?section=news&newsid=127
 
 Chicago Tribune他各紙でも訃報が発表されました。
 http://www.chicagotribune.com/entertainment/music/ct-ent-0222-magic-slim-obit-20130222,0,1523285.column
 

 
 金曜日の夜、急な呼びかけにお忙しい中駆けつけてくれた皆様、

 本当に感謝致します。


 中には、マジック・スリムの名前も知らない20代前半の若いミュージシャンもいらっしゃいました。

 ボクの様にレコードや数回の来日ライブなどの間接的なものではなく、彼と直接的に影響を受けた仲間もいました。


 又、Magic Slim&The Teadropsに果てしなく傾倒し、路上演奏に明け暮れた時期にサポートしてくれた10数年来の仲間も顔を出してくれた事には、感動しました。



 
 
 ボクは棚にある音源の一部を、実質共同企画のO君は、乗りに乗っていた時期のビデオ数本を持参してくれました。







 もっと濃密な繋がりのある東京方面からもメッセージ多数受け賜りました。


 午後7時から11時過ぎまで、店内はMagic Slim一色で、ジャムの合間に彼の話を巡って各々が語る、そんな進行でした。






 ありがとう、Mr. magic Slim!

 あなたのこうした遺産が残る限り、あなたのブルースは、世界中の音楽ファンの心に必ず響きます。

 ボクもその端くれであり続けます。



  



 

 

 


| ブルース・エトセトラ | 19:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
BRING EDDIE HOME!!! GET WELL MAGIC MAN!!!
JUGEMテーマ:音楽



 昨夜遅くに途中まで書いてたら、一階のベッドに寝付いた筈の息子が「キ〜〜〜ッ」と奇声を発し(夢見たのね)、そのまま添い寝のつもりが寝てしまった為、再度書き直しです。



 EDDIE C.CAMPBELLが、ツアー中に倒れ、

 MAGIC SLIMも病に伏したという情報が、世界中のブルースファンの間をシェアという形でここ数日駆け巡っている。


 昨夜、シカゴのクラブでは、BRING EDDIE HOME!!!というEDDIE C. Campbellへのベネフィットライブが行われた。

 ネット上で生中継が観られたそうだが、当然ながら仕事である。

 出演のクレジットはそうそうたる顔ぶれだ。

 現在も下記アクセスすれば、フリーで観られるようです!

 http://gigity.tv/event/905/

 

 詳しい状況は把握していないが、EDDIEは、なんでもツアー先のヨーロッパから帰国出来ない経済的な状況だとか・・・。

 
 MAGIC SLIMの病状もとても気がかりだ。


 
 両者とも、ボクがブルースを始めたきっかけをもたらしてくれた無二の存在だ。

 

 日雇いアルバイトで手にしたなけなしの現金の使い道の選択肢は2つしか無かった。

 パチンコか麻雀の元手にするか、レコードを買うか。


 ボクがブルースに興味を持ち出した頃(1980代後半)には、ブルースの名盤は相次いでCD化の途中であった。

 しかし、大阪にも中古レコード店は、まだまだ数多く残っていて、レコードが棚にぎっしりと並んでいた。ブルース関係は大手ショップでは今や隅に追いやられて久しいが、当時は中古レコード店での存在感はとても大きかった。

 「BLUES」「シカゴブルース」と手書き文字に心が躍ったものだ。


 勿論、いわゆるボクは収集家ではない。

 何千枚とレコードを所有しているという人の夢みたいな話を噂でたくさん耳にした。


 手っ取り早いCDについ手が伸びてしまうことに一種罪悪感すら覚えたものだ。



 中古盤にはプレミア価格の値札がついていることも多く、日本盤帯び付きとか、ジャケット違いだったり、廃盤などにいたっては、とても日銭では買えない数字に財布は開かなかった。

 今や完全に音楽ソフトは、買い手主導だが、その時分はまだ売り手市場だったのだ。


 ボクの友人達の一部は、ひたすら買い漁った口だが、ボクはそのおこぼれを預かる感じで、彼らの部屋へ昼夜問わずに日参したものだ。

 針を落とし初めて聴くそれらの音源に唸ったり、予想外れでガックリきたり(得てして、その頃しっくりこなかったものが、今頃これええなぁとか思うから第一印象を信じてはならない)。


 
 ボクの元には、結局は数少ないレコード盤しか無かったが、友人が東京でレコード店を出す際に、ほとんど手放してしまったと記憶する。もうすっかりCD再発や新譜に触手が移っていたのだ。


 現在、もはやレコードは、数えるほどしか残していない。

 後悔先に立たずだ。


 それよりなにより、ハシゴした中古レコード店のほとんどが、その姿を消した。

 時々、ジャムなどで先輩方とその頃の話に花が咲く。

 無心に大概段ボール箱に隙間無く収納されたレコードの僅かな背表紙の文字を早く的確に読み取るかで、店主には初心者か玄人か見分けがついたはずだ。そんなこんなの労力をかけても財布と相談して、収穫は2、3枚。
 でも嬉しかった。


 ダウンロードやネット注文が当たり前な若い世代にこんな昔話(と言ってもたかだか10数年前)を語ると、たいていは煙たがられるから気を付けている。



 EDDIE C. CAMPBELLとMAGIC SLIMのレコードは、同じ物はCDでちゃんとのちに買い直しているが、何枚か残していた。


 ボクにとっては、バイブル的なそれぞれ一枚。

 

 EDDIE C. CAMPBELL

 『KING OF THE JUNGLE』





 これは、所謂ジャケット違いだな。どこで買ったのか、

 値札シールに1,880円とある。「細かぁ・・」

 若き日のLurrie Bellがベースで2曲参加(父上のハープも快調)

 何よりもドラムスClifton Jamesのシャッフルは、シカゴ・ブルースのお手本です。

 上のベネフィットにも、LurrieとベースのBob Strogerが参加しています。



 MAGIC SLIM & THE TEARDROPS

 『RAW MAGIC』


 

 MAGIC SLIMは、多作でCD化も早かったせいもあって、この一枚だけ残している。

 裏ジャケットも好きだ。

 メンバーもサイドギターがAlabama Jr. Pettis、ドラムスがNate Applewhiteと、ボクが好きなメンバーだ。







 ちょっと脱線気味だが、続ける。

 
 「これっぽちしか残していない」と泣きたくなる有様だが、

 CD化が待たれるレコードも見つけた。


 A.C.REED & THE SPARK PLUGS

 『Take These Blues and Shove' Em』







 説明不要のAlbert Collinsの不動のバックアップバンド、The Ice Breakersの中核、サックスのA.C.ReedとドラマーのCasey Jonesでの別働隊だ。

 ここでもLurrieがひょっこり弾いていて、Billy Branchのハーモニカも聴ける。

 ちょっと凝りました的なジャケットも良い。なぜにCD化されない?



 もう一枚。

 ANDREW BROWN

 『On The Chase』







 もはやシカゴブルースの黄金期を知る数少ない一人、

  ハーピストのJames Cottonが、今年東京だけだが来日する。


 前回の来日では、大阪公演もあって、一番最前列で観たが、声を失って、あの汗だくで飛び跳ねる足腰も失ったが、愛嬌ある笑顔を見せてくれた。

 東京だけという日程も残念だが、今回のバックアップメンバーのドラマーに、

 Jerry Porterの名がクレジットされている事に大阪公演日程が無い事が甚だ残念だ。

 上のMAGIC SLIMのメンバーの時期もあったが、BUDDY GUY & JUNIOR WELLSのドラマーとして有名だ。そのド迫力のドラムは、いとも簡単にYouTubeで見つけられる。

 James Cottonとの近年の映像(今回と同じ編成だろう)も観られるが、変わらないタイトなシャッフルを聴かせてくれる。

 もっとも筋金入りのブルースファンならば、

 仕事などほっぽり出して駆けつけるのだろうね。


 そのJerry Porterが、このアルバムで全編叩いている。

 是が非ともCD化望む!




 EDDIE C. CAMPBELLもMAGIC SLIMもまだまだボクたちの様な遠く離れたブルースファンに素晴らしい演奏を残してもらわなければならない。

 EDDIE C.もブルースシーンに復活を遂げ、新譜を連発していた矢先だ。

 SLIMも新しいバンド編成になったという。

 息子であるShawn Holtが、代役を務めている。





 そして、EDDIE C. CAMPBELLのこの曲、一体何回某君と真似っこしたことだろう。


 



 事態の解決と回復を心から願っています。

 

 

| ブルース・エトセトラ | 23:22 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
一年振りのWABI氏のハーモニカ。
JUGEMテーマ:音楽



 「今日は、寒いなぁ〜」

 そんな挨拶も要らないくらいに、この一週間で秋から冬に変わった。

 同じくして、暦も師走12月。


 今日は、半ドン日だったが、朝から職場の壁にあるカレンダーを一枚破った。
 分厚かったカレンダーも最後の一枚になってしまった。


 市中のイルミネーション準備も進んでいる。中にはすっかり気が早く点滅しているモノもある。

 銀杏並木も時折差す弱々しい日の光を受け黄金色に反射する。


 いよいよ『年の瀬』モードに突入だな。



 

 ブログの更新機会が、ことごとくこの一週間取れなかった。

 多忙という訳ではない。多忙なのは圧倒的に家人の方だ。

 

 まだ二、三冊絵本を読んで添い寝をしてやらなければ寝ない息子についつい引きずられて、夜半過ぎに帰宅する家人が玄関のドアの鍵を回す音で、うたた寝からはたと目覚めるという情けなさだ。


 

 諸々に書き損じている事が溜まっているが、ひとつ一年ぶりの再会をご報告したい。


 シカゴ在住のブルースハーピストである、

 WABI氏の一年振りの来日ツアー最終日にお邪魔したのだ。

 氏の経歴などは、下記を閲覧頂ければ詳しい。
 WABIホームページ
 http://blueslim.m78.com/wabi.html


 ワビさん(以降そう呼ばせてもらいます)との出逢い、いや厳密には名前を知るきっかけは、今から20年ほど前、当時の仲間達が、こぞってブルースの本場と言われるシカゴへ長期滞在した土産話の中で必ず「ワビさんには、よぉ、世話になったわ」と出てくるからだ。

 なるほど、そうした活動の道もあるんやなぁ・・・そう思ったものだ。


 何度かその後、帰国の機会があって、なんばの路上演奏に誘ってハーモニカを吹いてもらったこともある。

 ボクもその輪の中にあったが、会話らしい会話をした記憶が無い。

 仲間と違って、気後れがあったのだろう。



 ここに、二枚写真がある。

 アルバムに大事にしまっておいたものを探し出した。


 1992年?あるいは1993年頃だろうか?

 今やシカゴを代表するハーピスト、

 Billy Branch率いるSons of Bluesの来日公演の際行われたハープ・セミナーの模様だ。

 会場は、今も続く当時の仲間と次々に出逢った現在も健在、堺にあるレコード・ショップ『サムズ・レコードショップ』運営のスタジオ「レッドハウス」で行われた。

 若造だったボクらは、あのビリーが来る!と色めきだって、出迎え役になっていた。

 「ミシシッピ・フラッシュバック」というアルバム発売直後。

 そして、そのビリーと対談形式の質疑応答役が、ワビさんだったのだ。

 
 当然、ボクは客席から見上げるばかりだ。

 勿論、細かいハーモニカに関する質問は理解不能だった。


 当のワビさんも忘れているかもしれませんね?



 同時に行われた即席ミニライブのバックは、選抜隊の仲間、先輩達でした。




 ミーハーなボクは、ビリーにサインと記念撮影をねだった事は言うまでもない。




 
 そう言う訳で、ボクはワビさんを知っていても、ワビさんはボクを知らない。

 きっとそんな一方通行な関係に変化を起こしたのは、やはりインターネットの仲介だった。


 どういうきっかけかは、忘れた。

 ボクからメッセージを送ったのだろう。氏のホームページの掲示板だったかもしれない。


 それ以来、シカゴと大阪で時々メッセージのやりとりが続いて、今思えば赤面の想像もつかない印象的な場面を共にしたのだ。


 もう3年前、暮れも押し迫った冬のこと。

 ワビさんが私事で一時帰国すると聞いて、ちょうどあるライブがあるので、吹きにきませんか?そんな誘いに乗って頂き、ボクの地元近くの小さな小さなバーで再会したのだ。

 ライブの主は、この項の後に登場するワビさんとは、旧知の間柄。
 
 即席ジャムセッションに、ワビさんが加わり、ボクも終盤に参加するはずだった。

 ただ、ボクは人生で最も重大な瞬間を間近に控える身であった・・・。


 ワビさんがカウントした、シャッフルに合わせている最中、ドラムセット脇に置いたままの携帯電話に何度も着信が入っていることには気づかない。

 一曲終わって、携帯を見てからのボクのあたふた加減にバーに居合わせた全ての人が、声を上げた。

 「はよ、帰れ!」

 猛然と自転車を飛ばした冷たい夜を生涯忘れない。


 そう、もうすぐ三歳になる息子誕生の前兆が家人を襲ったのだった。

 おかげでそれ以来、ワビさんからの言葉は、息子への気遣いがほとんどである。



 
 「今年も11月にワビさんの帰国ツアーがある!」

 そう聞いて、ご本人からもメッセージがあり、再会を待っていた。

 日程を見る限り、今年も強行軍だ。

 関西公演がいつもより多めか。


 あいにく、ボクのライブなどと幾つかで重なったこともあって、なんとか最終日の24日、塚本のハウリンバーで再会出来た。


 バックは前回と同じリズム隊。

 大先輩ドラマーのタカノさんは、コーディネート役も兼務されておられる。ベースの井上さんとは、ずいぶん以前に何度かご一緒して以来。

 お二人は、ワビさんの若き日を知っておられる。

 
 そして今回のギター担当は、ヨシであった。お馴染み、ヨシ水野。

 ヨシのシカゴでのキャリア時代は勿論、ワビさんのオリジナルアルバムにも参加していたりと、旧知の仲である。ちなみに、上に書いたボクの蛇足な話題で登場した人物は、ヨシである。


 ライブは、満員御礼の中でスタート。

 感想は、居合わせた人が、すでに方々で熱く語っておられる。

 ワビさんの「人となり」が充満し終始にこやかな楽しいライブだった。







 雑談に花が咲き家路につく人が出始めて、あっと思い出し手持ちのカメラで記念撮影。

 ワビさん、そしてツアーメンバーの皆様お疲れさまでした。


 また来年再会出来ます様に。




 
 


 

| ブルース・エトセトラ | 18:31 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
"BLUES FACES A Portrain of the Blues"
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 ライヴは、5月5日を最後に、ジャムも5月11日と、いつになく少し演奏の現場から離れてしまった。

 あるメンバーの小言も耳に入ってくる。


 この間、ボクは一家庭人としての役割で、相変わらず不得手な子守りを数日任された。

 保育所に迎えに行き、風呂に入れ、添い寝をして、時間を見計らって同じ布団に寝そべって彼の寝息を聞くか聞かないかほぼ同時に自らも眠りに落ちてしまい、まさかの早寝早起きの生活が続いた。(夜中に目覚めて結局のところは、二度寝をするのだが)


 ライヴからは少し離れている隙に、秋に再び開催を決めたブルースイベントの交渉事の連絡・確認を取り合ったり、自前のフライヤー作成の構想をしたり、永らく作っていなかったミュージシャン仕様の名刺を慌ててこさえてみたりと、頭の中は、その種の想像ばかりが浮かんでいる。

 啖呵を切った以上は、言い出しっぺとして、失敗は許されないのだ!



 そんな中、昨日は大事な来客を待っていた。

 
 個人的なことだが、40を過ぎて子供が出来たことを機に思い切って一生の我が城を建ててから、一年以上が経過した。

 こちらの無理な意向を汲み取って頂いた施工業者さんの一年点検。

 そして、土地探しから設計、ローンの指南までの一切を取り仕切って頂いた建築事務所の方々。



 突貫で掃除をして待つ。

 多忙な施工業者の担当者さんとは、偶然にも程がある様ななんとも不思議なご縁があってお互いにビックリしたものだ。

 一年間の家のほころびはさほどでもなく、少しだけ手早く手入れをしてもらう。

 帰り際局地的なゲリラ豪雨に見舞われる。

 早くも忌まわしい梅雨の鬱陶しさを予感させる。


 入れ替わりで、建築士さんとアシスタントさんが、我が家に到着した。

 目と鼻の先で別の現場の作業をしていたらしいのに、あの雨に遭わなかったとか・・・。


 ほぼ同世代で気さくな方で、相談当初から遠慮のない会話が楽しい。

 設計段階から二転三転しながらも、ひとつの物を建てた共有感がそうさせるのだろうか?


 先日も我が家によく似た狭小注文住宅の見学会に足を向けてみた。構造も類似点が多く、なんでも昨年春の我が家の見学会に足を運んでおられたご家庭らしい。


 建築士さんらを囲んでのささやかな食事会を急遽開いた。

 縁が人を紡ぐ・・・。



 話をもう一度ブルースへ戻そう。

 そんな昨夜は、マッドハープ加藤氏の新ユニット(っといっても既存の南部君とのユニットに御大バッドボーイ明里氏が加わった)のライヴがシカゴロックであった。

 今回の神戸のイベントにもこの編成で参加を依頼、決定済みだ。

 やはり生で観ておかなくてはならないところである。

 いくら時代が、YouTubeやら様々な媒体の普及で、現場に居なくてもそれなりに音の雰囲気や輪郭が感じ取り易くはなったとはいえ、生の空気に勝るモノは無い。
 
 ボクも若い自由な頃は、可能な限りに色々な生の現場に出向いたものだ。

 そこで、感じたものは今でも時々ある日蘇ってくる。

 それは、体験による実感である。

 平面から受ける印象とは確実に違う。

 怖い話をすれば、その善し悪しも分かる。


 そんなボクも、このブログの様な文字だけの平面的な表現、主張、YouTube個人チャンネルにもご承知の通りに動画を垂れ流している。

 肯定的なメッセージしか届いて来ないが、実はその向こう側にあるだろう大多数の否定的な意見を肝に命じる必要がある。


 一方では、音楽は自己主張が基本であり、曲げるつもりもない。

 この部分の擦り合わせに、毎日苦慮する訳だ。


 秋のイベントでは、各々の自己主張がぶつかり合い、そして反応し、居合わせたお客さんの心に「生」の実感が少しなりとも以後も残ってくれることを切に願っている。


 ボクが愛して止まない有名無名のブルースマン達の『生』を間近に拝んだ事はほとんど無い訳だ。

 レコード盤に残された音源、また写真における表情等から最大に想像力を稼働させ読み取るしか術は無い。

 

 手元に一冊の写真集がある。

 BLUES FACES-A Portrait of the Blues


 10何年前に、家人がニューヨーク出張の土産にいただいた物だ。


 冒頭は、ジャグバンド、マディー出演の"Pepper's Lounge"の外観。

 そして、ポートレイトの本編最初は、
 
 ”Thinking 0f Home"と題され、ガンビアのミュージシャンの肖像から始まる。

 民族楽器を手にしたアフリカのミュージシャンから次の項では、アメリカ南部のデルタブルースマンへと繋がる。


 そしてシカゴへ・・・。

 巻末は再び南部へと下る。



 物事の糸は、いつしかどこかで繋がる。

 人と人、街と街、国と国・・・。


 もしかしたらボクも今まさに誰かと繋がったかもしれないのだ!




 


 

| ブルース・エトセトラ | 12:17 | comments(0) | - | pookmark |
BLUESは、世界と繋がっている。
JUGEMテーマ:音楽


 
 振り返れば、1994年頃『路上演奏』という方法に自分たちの居場所を見つけた。


 これは、当ブログでも何度か触れてきたことではある。

 但し、現在は諸問題が積み重なった結果、撤退して久しい。

 あれだけ活躍してくれた発電機も今は実家の玄関先で休眠のままだ。


 数えきれないくらいの出逢いを生んだ時期だった。それもほぼ毎晩の様になんば高島屋前、あるいは、梅田の歩道橋下で、何時間も演奏した。
 それはそれは、楽しい日々だった。

 ボクのアルバムには、その風景が無数にファイルされている。勿論画像は、フィルムカメラで撮影され、現像焼き増しされた記録である。







 よく見れば、被写体の仲間達は、今と比べて随分と若い。見てくれもそうだが、演奏もきっと青臭かっただろう。

 「遮二無二」という言葉がそこにはピタリ当てはまる。


 当時からのお客さんが現在も少なからず残ってくれていることは、唯一の励みだ。

 思えばネット媒体が、これほどまでに浸透する前夜だったこともあって、『路上』は神出鬼没なものであり、またそこで行う告知も手作りでコピーした拙いチラシであった。

 如何にして、ブルースで通りすがりの人を立ち止まらせるかという作業は、なかなか至難の技だった気がする。

 雨の日も零下の雪の夜も取り憑かれたかの様に、機材を運び出して、1ブロックも向こうの通りまで響く音量でよくもまぁやれたもんだ。


 最盛期当時を今冷静に振り返って検証してみれば、後悔する事も多い。

 受けの良い日も時々は有り、フライヤーを無造作に置いたカンパ箱代わりの段ボールケースは賑わった。



 アンケート用紙も傍に用意していて、感想と連絡先を残してもらうという方法が、唯一繋がる方法だった。

 ボクは今でもその色褪せて、ボロボロになった何十枚という走り書きは、捨てることなんて出来ない。

 古いものは、まだ連絡先が携帯電話ではなく、もっぱら固定電話である。携帯メールのアドレスもまだ稀で、もっと後年のことだ。

 それだけ時代が進歩して、コミュニケーションの方法が激変した証拠である。

 当然ながら、こんなブログやホームページ等ボクらの仲間が関わることはなかった。

 ひたすら一方通行で直接の反応を待つだけであった。

 惜しい、実に惜しい・・・。

 それこそMixiやFacebookの様なSNS、TwitterやYouTubeなどが、当たり前の時代だったなら、どうだったのだろう?と時々仮想したりする。

 もっと瞬間的に目の前の人との繋がりが安易に済んだだろうし、伝えたいことが具体的に伝わっただろうし、それは膨らんだかも知れない。


 時は戻って来ない。

 20代から40代になった。この現実は想像以上に大きい。

 もしもだ、

 またもしもあの環境が整ったとしても、当時の「遮二無二」とは、形は違うだろう。


 しかし、この数年で、激変したインターネットの世界に思い切って足を突っ込んでみた。

 そこには仮想の世界が広がっているものと思い込んでいたが、どうやらそうではないらしい。

 使い方がもどかしく把握しきれないところもなきにしもあらずだが、とにかく情報交換が安易に時差無く出来る。

 それも世界の間で交信が出来る。

 そんな時にボクが現在一番悔やまれることは、英語がほとほとに駄目なことだ。


 YouTubeのボクのチャンネルにアップした動画にも、ごく稀にコメントが舞い込む。何故か日本からの書き込みはほとんど無く、海外からのアクセスである。

 残されたコメントに対して、返答が出来ない。いやはやこれは、とてももどかしい。

 「誰か、ボクの代弁者として、返答してもらえません?あ!ヨシ〜頼む〜」



 とりわけ以前ならば人づてに聞き、またその口から誰かの耳へ伝わり、結果元の話がごちゃごちゃになったりしたことも多々あるBluesに関する情報伝達も、今や現地から生の情報がキーボードと画面で瞬時に個人で収集が可能だ。


 近頃、就寝前に時折パソコンを起動させて、ブログを書きつつ、同時に耳にしているサイトが主に二つある。

 ひとつは南米から発信されているもので、二十四時間いつでもブルースが聴かれるネットラジオだ。
 それもいわゆるマニアならではのニヤリとする特集番組形式で構成されていて、贔屓だ。何となくだが、同じ匂いみたいなものを感じる。

 このネットラジオもご多分に漏れず、今をときめく
facebookYouTubeに連動している。

 前者では、番組の構成に合わせた画像(既出の物以外のアッと驚くプライベート写真も多々)が日々アップされる。
 後者も、希少なブルースマン達の動く姿を拝見出来る。

 Radio Raw Blues

 未聴の方は、眠れぬ夜のお供などに如何がでしょう?

http://www.radiorawblues.net76.net/

 facebookでも同じタイトルでページ検索出来ます。


 YouTubeは、ここ。
RawBlues TV
 http://www.youtube.com/user/RawBluesTV

 

 もうひとつのお気に入りは、ここ!

 サザン・ソウルのファンの心を鷲掴みするMalaco Recordsのサイト!
 

 こちらもラジオが24時間視聴出来ます。新旧織り交ぜた選曲。
 お部屋のBGMにも最高である。

 また現在かかっている曲を即座にiTuneで購入出来たり、アルバム丸ごとも。勿論Twitter、facebookなどとも連動しています。
 ボクは、まだこの分野に対しては随分と疎いので、重宝している。

 http://southernsoulradio.com/
 


 という様に、もっともっとアンテナを広げれば、世界と繋がるのでありましょう。

 何か他にも良い情報などございましたら、コメント欄で教えて頂ければ幸いです。


 「そうそう、こういうのを、シェアっていうんでしょう?」
| ブルース・エトセトラ | 01:51 | comments(2) | - | pookmark |
夜更かしは愉しい。
JUGEMテーマ:音楽



 今日の昼間、息子を一晩預けていた実家に昼前に就く。

 近くの公園にばぁちゃんと遊びに出たままらしく、追いかける。

 五月晴れに公園は、子供達でいっぱいで、目印の阪神帽を探したが見当たらない。


 そんな背中から、聞き覚えのある、というか毎日聞いている声。

 日頃の喋り過ぎからくるのか、元々なのかは判別出来ないあのハスキーボイスだ。


 「おかぁちゃ〜ん〜」

 何度も叫びながら、走って来た。

 向こうが先に見つけたのだ。

 当然ながら「お父ちゃん〜」の呼び声は最後まで無かった。


 走り寄る家人とその胸に半日振りに飛び込む息子のシーンを背中越しに見つつ、我が事ながらになかなかに良く出来た家族の構図だった。

 『母の日』に相応しい。


 一晩彼を実家に預ける事になった訳は後に述べるが、金曜日の仕事上がりから、土曜の夜にかけて、久し振りの夜更かしをさせてもらった。



 まずは、金曜日の夜。



 ChicagoRock Friday Night Blues Jam

 月に一度、ホスト役を今回も務める。

 通例なら、毎月第3金曜日のところ、今月はライヴのブッキングの影響で押し出された恰好である。

 告知もままならないままに当日の晩、お店のある南森町に到着。


 岡部キングが地元が同じバーテンのI君に同乗して先に居た。

 急な肌寒い夜で、あらかじめ持参した着替えにはジャンパーを忍ばせておいて正解だった。


 個人的に、夜更かしを許される日程なのだ。

 いつもの日程なら違うが、翌日仕事はお休みだからである。


 さて肝心なのは、参加者の有無である。

 強制力は無い。

 来られる方のご都合次第である。

 仕事、家庭、体調、様々な要素を犠牲にして、ほとんどの方が参加してくれるのである。


 この夜は、参加者より先んじて、通りがかりの飲み客がカウンターに数名陣取った。当然これから騒々しいセッションが繰り広げられるとはご存じない。

 バーテンのI君がそのあたりをどこまで説明したのだろう・・・?


 定刻の20;00前になっても頭数が揃わないという事態に、少々焦る。

 「まぁ、ええかぁ」と楽観出来ない性格なので、メンバー表とボールペンを手にソワソワ。


 待ち人来る。


 少し遅れたものの、5月のジャムセッションがスタート。

 初顔な若い人も来た。参加してくれたベテラン勢の息子くらいの年齢である。


 一方で、ボクの仕切りは、回を重ねるごとにいささかアバウトになっているなぁ・・・。

 
 一部を例によって画像で振り返ってみよう。

 

 上は、若い組み合わせ。ボクとでさえふた周りほど違う。

 ジミー・リードとマジック・サムをやってくれた。ウンウン!


 

 2年やっていると、すっかり常連さん頼みなのが事実である。


 

 

 仕事帰りそのままで駆けつけてくれる皆さんがほとんどだ。良い意味でストレスの発散に繋がったでしょうか?


 一期一会。

 再び同じ写真は残らない。

 またお会いしましょう!
 
 



 残った時間、終電で帰る予定の人生の先輩を足止めさせて、訓示を受ける。

 いかにして家庭の平穏を保ちながら、好きな事をやらせてもらえるか?

 男側の勝手な言い分であるから、奥方や息子、娘には聞かせられない台詞も飛び出す。時間があればゆっくり膝詰めで白熱するところだが、また次回に(笑)持ち越しておきます。



 終電を全く気に掛けない数名が残る。

 まぁ毎度の面子だ。

 ボク以外は酒も相当入っている。

 真面目なブルースの話からは、当然脱線中。


 一端熱を帯びると口を止める事は難しい。

 一通り店が片付いた後、「タカギさん〜今日ぐらいいいでしょ?」

 という口説き文句を断れず、いやボクも喋りたいのは山々だった。

 場所を少し移して、夜中にも関わらず、朝までやっている安い定食屋でボクは大盛りの唐揚げ定食を食う。

 飲み足らない若干名はアテとビール。


 店を出たら、時刻は午前3時を指していた。

 なんばや梅田での路上演奏の時は、平日でもこれだったなぁと回想しつつ、「いや、もっと別の華がちゃんとあっての話やわ」と訂正した。


 一人帰路。

 新聞配達の準備をする自転車を車窓から見ながら、後ろめたく自宅の鍵を音がしない様にそっと開け、気づかれない様に布団に潜り込む。




 翌、土曜日。


 2時間ほどの熟睡で、目覚める。

 割当の家庭の仕事を最低限やる。

 夜には、約束事がある。

 その楽しみで、あるはずの昼間の眠気は、襲って来ない。


 夕方保育園に息子を迎えに行き、実家に預ける事になっていた。

 前夜とは違い、家人も伴って一路豊中へ車を走らせる。

 車中では、ハービー・ハンコック。


 前夜の夜更かしにも当然居た三木君と阪急曽根駅で待ち合わせていた。

 彼を後部座席に乗せほどなくで、目的の看板を通り過ぎた。


 Live Cafe ARETHA


 そのハービー・ハンコックの『ヘッドハンターズ』のベーシスト、

 Paul Jacksonを拝みに来たのだ。

 
 同じベーシストの三木君にとっては、『神様』の一人である。

 ヘッドハンターズの曲は、ブルースセッションでも取り上げられることもしばしばだ。


 開始時刻、オープニングアクトである女性ばかりのジャズファンクバンド(実は、偶然にボクにも三木君にも縁があった)登場前で店内は、満員札止め。入り口までギュウギュウに人で溢れていた。
 我ら3人も入り口付近でなんとか席を確保。


 コブラの装飾が厳つい巨体が、ベースを抱えたまま、キーボード(前の女性キーボード奏者の私物と思われる)に座り、ベースではなく、キーボードから始める。明らかに即興である。

 

 

 まぁ、詳しい論評をする立場にボクは無い。

 ただただ、本物。その姿を発するオーラから感じただけでも来た甲斐があった。


 


 実は、この会場のARETHAで、7月の14日にボクらもお世話になる事が決まっている。

 アイパー大西&The Seeds Of Reed、ヨシ水野11th Street Blues Band、そしてAyako MInamiでのライヴ。


 曽根駅からなら徒歩5分〜10分。

 幹線通り沿いの角のビルの2階。

 天井が吹き抜けの様に高いので、開放感があります。


 是非、チェックしてみて下さい!


 http://www5.plala.or.jp/aretha/



 「神」と接し、若干興奮気味の三木君と空腹を満たす為、ファミレスで長い会話。

 市内に戻って来たら日付の変わる頃になっていた。



 息子の居ない自宅に戻ったのは、もう午前様だったが、メールがひとつ入っている。

 某二人から「今、タカギ君のすぐ近くの○×って、ラーメン屋におんねんけど」


 階下から、「ちょっと行ってくる〜」と言い残し、靴も脱がずに合流する。

 
 想像以上に他愛も無い話を30分ほどし、笑い合って別れた。


 おかげで、息子を迎えに行ったあと、彼よりも早く昼寝をしてしまった。

 たいそうイビキをかいていたらしい。


 夜更かしは理由無く誠に愉しいが、ほどほどに。

 体に負担のかかる年であることを忘れずに。


 明け方、左足のふくらはぎが、強烈にこむら返りしたのもきっとそれが原因だろう。

 まだ痛むのだ・・・。



| ブルース・エトセトラ | 23:53 | comments(2) | - | pookmark |
『今、ブルースハーモニカが春(旬)なんです!』
JUGEMテーマ:音楽



 前記事で、シカゴロックのマスターにたしなめられた、

 「オマエの真面目な話は興味ないわ・・・。」

 今夜の記事を書くにおいて、その経緯に少し触れずには始まらない。


 東京から、著名なお二人がお店を訪問するという報を受けた。


 濱田廣也氏と妹尾みえ氏であった。


 ブルースのファンの方ならば、このお二人のお名前に接したことは多々あるだろう。


 前者の濱田氏は、現在『ブルース&ソウル・レコード』誌の編集長の立場に就いておられる。

 一方、妹尾女史は、ブルースに造詣の深い著述家として、名高い方である。


 ボク自身も現在の様に、ネットの情報がそれこそ氾濫する前、お二人が寄稿するレビューなどは、大いに参考にさせてもらっていた。

 とはいうものの、接するのは活字上に限られたことであって、ボクの様な大阪のブルースの隅っこで、ちょこまかと動いている人種とは当然無関係に思われた。


 そのお二人が、あとに書くが、あるイベントの為に大阪を訪問しておられたのである。

 
 「大阪のブルースクラブを取材する」

 そういう名目で、ある方の推薦があったらしく、シカゴロックもその取材場所のひとつに選ばれた訳だ。


 マスターも勿論初対面であった。

 その為、日頃同店にとぐろを巻いているボクを含め、手の空いた若干名が応援隊となった次第である。


 ガヤガヤとした中での取材をハラハラと見守った。

 果たして、どんな取材後記になるのかは、分からない。

 ブルース&ソウル誌にどう掲載されるのか?興味深い。



 実は、その取材の話のずっと前から、翌日日曜日のイベントには顔を出す事は決めていた。


 梅田と心斎橋で、SUZUKIの新作ハーモニカのデモンストレーション・イベントに、

 東京からハーピストのKOTEZ氏が出向くという情報だった。

 ボクとは、ほぼ同世代であり、20年来、共通の知人、友人が多いKOTEZ氏。
 http://www.kotez.com/


 今や、日本を代表するプロハーピストとして、数多くのユニットでのライヴやハーモニカセミナー等で休み無く、その才気を開花させ、多忙を極める彼であるが、やはりボクら古い仲間の間では、親しみ深く、

 『コテッちゃん』、こう呼ぶ方がお互いにしっくりとくる。


 小雨の降る中、心斎橋の方に出向く事にした。

 三木楽器心斎橋店店頭にて、コテッちゃんのハーモニカ・デモンストレーション。

 その後に前述の濱田・妹尾両氏も交えてのトークショー。

 そういう流れになっていたのだ。

 

 



 開始時間ちょうどに、三木楽器に到着。

 SUZUKI楽器から新作ハーモニカ『OLIVE(オリーヴ)』が発売された。
 
 http://www.suzuki-music.co.jp/harmonica/olive/index.html
 
 (パッケージングからして、女性ハーピストに受けそう!ボクもドラムをやる前に三木楽器でスズキのハーモニカを買ったことがありました・・・。実は、ハーピストになりたかったんかな?)

 その吹き比べを中心に、コテッちゃん監修の『ブルースハーモニカの扉』を紹介しつつ、ブルースハープの魅力を流暢に30分ほどで説明していた。

 

 


 
 配布されたチラシの裏には、新しいロゴ・マークになって、旧譜のブルースハープもの再発が相次ぐ、P-VINE RECORDSのラインナップが、ズラリと掲載されている。

 手持ちでない方、ボクが言うのもなんですが、マスト作ばかりです!(ボクも誰かに貸したか、紛失したのか、手元から消えたモノもあり、このタイミングでの再入手を考えている)

 


 
 デモンストレーション後、サインを求められていたコテッちゃんを捕まえて、二言三言交わし、場所を地下のイベントスペースに移しての『ブルースハーモニカよくばりトーク』が始まった。


 ご存知の通り、ボクはハーモニカ奏者ではないが、思い返せば、ブルースと出逢って以降、現在までずっとハーモニカが入ったバンドばかりを渡り歩いている。

 (その中には、上の特選盤にも掲載のブルースハープのあるシリーズで、KOTEZ氏とタッグを組んでいたOが居て、彼は同窓生であり、彼からたくさんの知識を叩き込まれた末に今のボクがある。)

 極端かも知れないが、ブルース、とりわけシカゴ・ブルースに何らかの興味があるならば、おのずとハーモニカという楽器からは、逃れられない。別の楽器をやっているとしてもである。
 

 それは大袈裟かも知れないが、宿命でもあり、またそこにブルース特有の魅力を感じることができるはずだ。


 
 そしてこの度3月に、この三氏が協力し、妹尾・KOTEZ両氏著ブルースハープの魅力を分かり易く噛み砕いた書籍、

 『ブルース・ハーモニカよくばりガイド』が刊行された。

 妹尾女史、濱田編集長、KOTEZ氏のトークは、同誌の内容から脱線しながらも白熱し、思わずチャチャを入れたくなる程だった。

 

 「どうしても、ハーモニカを突き詰めた果ては、サークルの様に小ちゃくまとまっちゃう」

 妹尾女史がそんな風に言ったが、ボクも同感である。

 また、「カッコいい音楽をやって欲しい」なんて目線でブルースを表現していた。


 黙ってられなくて思わず、ハーモニカと何の縁も無いボクが最後の質問者となってしまった。

 スイマセン・・・。

 (もうひとつ。何故かその場に不在の某アンダーグラウンドなダウンホーム・ハーピストの笑い話が時々聴衆を笑わせてくれたことを付け加えておこう)

 
 トークショーは、予定時間を大幅にオーヴァーして終了。


 数人居合わせた仲間と共に、東京へとんぼ返り、翌日もライヴというコテッちゃんと短い雑談をし、別れた。

 個人的に、彼と何らかのタイミングを見つけて、「必ず絡もうね」と口約束を交わした。


 濱田編集長、妹尾みえ氏お疲れ様でした。

 ブルースへの愛情に満ち溢れた言葉には、その隅っこにいる端くれとして心強い二日間でした。

 初対面にも関わらず、前夜はベラベラと喋った事を今頃になって、恥ずかしく思っています。


 下に掲載しているのが、文中に紹介した著書です。

 『BLUES&SOUL RECORDS』については、今月6月号が発売ですね。


 


 
 

| ブルース・エトセトラ | 22:24 | comments(0) | - | pookmark |
R.I.P. Jerry "Boogie" McCain
JUGEMテーマ:音楽



 ハーピストの、

 Jerry "Boogie" McCainが亡くなった。


 3月28日。

 81歳だったそうだ。
 
 (ニュースソース)
 http://www.gadsdentimes.com/article/20120328/NEWS/120329805


 ブルースハーピストなら、一度はチャレンジしてみたいと思わせる、あの曲。

 「She's Tough」が有名だ。

 南部アラバマ生まれ、50年代からEXCELLOやTRUMPETなどに泥臭いサウンドを多数残して来ている。

 サザン・ハープという言葉が実際に使われているかは分からないが、そうとするなら、その最も重要なブルース・ハーピストの一人だろう。

 当時の自己単独アルバムは無く、ほとんどがシングル盤あるいはコンピレーション盤に収録されている録音が多く、レーベルもまちまちで、今も入手困難な音源もあるはずだ。


 記憶を確か辿れば、最初にジェリー・マッケインの名を知ったのは、このコンピレーション・アルバムだった気がする。(個人的にこのアルバムのリイシューを望んでいる一人だ。)
 うかつに、同級生Oの口車に乗って、ある時期に手放してしまった事を今更後悔している。

 

 50年代の爆発的なハーモニカとバンドの勢いは、その後数多くの信奉者を生んだ事はまぎれもない。

 リトル・サニーも"That's Want They Want"をやっていたし、南部テキサスの白人ハーピストのKim Wilsonなどは、"She's Tough"は十八番の一曲だ。

 
 ボクは、時々ブルースDJもどきな事をライブやジャムセッションの合間にやって遊んでいた時期があったが、必ずこれらのジェリー・マッケインのブギをかけた。




 
 何気に重宝している、この時期のベスト盤も調べたら、目が飛び出る高値がついている。
 (やっぱり、あるうちに買っとけ!はブルースの場合正しい。)





 
 あらためてこの訃報を受けて、マッケインの映像を探してみたが、YouTube上にもほとんど見当たらない。

 珍しいインタビューを一本貼付けておこう。

 

 


 近作は、チェックしていないが、上のアルバムは、60年代のゆるい南部ハープが全編に聴ける。

 下のモノは近作だろうか?

 一曲ごとにダウンロードも視聴も出来る。(変わらない・・・)


 伊丹の加藤さん、京都の大野木さん、東京のKotezちゃん他、みんな悲しんでいるだろうなぁ。

 合掌。


| ブルース・エトセトラ | 20:05 | comments(2) | - | pookmark |
『The Best Of ChicagoRock』
JUGEMテーマ:音楽



 「あれ、ボツや。」


 Sマスターから急に連絡があった。


 「ボクらみたいなのは、もう入れんでもいいんやないですか?」

 電話越しに本音を言った。


 モジョモジョと返答があって、

 「とにかく29日の3時に集まってやぁ〜」となった・・・。


 
 何がボツかと言うと、お馴染みの南森町のブルース&ソウルバー・シカゴロックで今度はCDを制作するのだと・・・。

 
 Tシャツ、DVDに続いて今度は、お店に縁のあったプロ、アマひっくるめて一枚のCDに収めてしまえっ!と。

 
 

 少し前の日記にしたライヴレコーディングもこの為でもあった。

 その時は、まず「レコーディング」という文字を必要以上に意識したこと、もうひとつは「オリジナルのブルースを」という制約とが相まって、後でミックスした音源を聴かされて、参加した一同揃って赤面する内容であった。



 案の定、マスターも心変わりしたのか、冒頭の録り直しとなった訳である。


 これまでボクを含めた仲間の大半は、事実レコーディングあるいは、音源制作という作業に無縁に過ごしてきた。

 ライヴで演奏する曲は、ほぼ100%の割合で、古いブルースを自己流に焼き直したものばかりであり、いわゆるオリジナリティーを問われれば、確かにそうではなかった。また、その欲求は今も皆無である。


 路上時代、時々「音源は無いのか?」と訊ねられたが、無いとしか返す言葉を持たなかった。


 今回マスターから転がり込んだ機会は、渡りに船と勇んだものの、実際に記録された自分たちの音との隔たりは想像以上に開きがあって、これも冒頭にあるボクの返答になったのである。


 
 他方、そんなボクたちのライヴに身銭切って来て下さる方々が幾人かある事実もある。

 「こんな感じでボクたちは日頃やっております。」

 それくらいの姿勢で、今回の再録音を了解した。


 

 某スタジオ。

 集まったのは、前回のライヴレコーディングメンバーとは異なる5人。

 久米はるき、三木あきら、ヨシ水野、岡部キング、そしてボク。

 久米、ヨシ、岡部をメインに1曲ずつの割当となっている。


 当然一発録音だから、余計な打ち合わせなど一切無く、集合時間に集まる。


 機材を搬入してから、こんな感じで・・・とそれぞれ決めた。


 正直、これまでの演奏暦で初めてのレコーディング現場にかっても分からないまま、スタッフからヘッドホンを手渡される。

 ドラムのボクだけ、別室での作業。・・・むむむ孤独。

 


 他のメンバーもセッティング。彼らがどう動いているのか、会話もヘッドホン越し。「うまくいくんやろか?」また別の緊張感と不安。

 


 収録時間の関係で、最長でも4分くらいに曲も収める必要がある。

 幸いにも前回と異なるのは、場所をシカゴロックから、最新設備の整ったスタジオでの作業ということ。

 何といっても、録ったその場で、確認が可能な事だ。

 


 久米君は、即興のインスト。ヨシは十八番のトラディショナルなブルース。岡部キングはこちらも路上時代からの定番曲をそれぞれ何度か録音。

 


 都合終了まで3時間程度にも関わらず、どっと疲れが・・・。


 出来に納得いったかは、各人の事もあるし、伏せておく。

 ボク自身は、顔で笑って心で泣いての心境。


 自分の力量をこれほど白日の下に晒されると、日頃の大口を慎まないとならない。


 ともあれ、マスターはこのCD化の実現には本気な様だ。


 まだ詳細は確定していないが、ブルースだけではなく、ジャズ、弾き語りなど、あの方、この人が収録される予定。

 またしばらくして、マスターから冒頭の連絡が無い事を望もう。


 具体的なアナウンスが出来る状況になりましたら、またご報告致します。


 休日にも関わらず、収録にご協力下さったスタジオスタッフの方々、有り難うございました。

 勉強になりました。

 


 ちなみに、アルバム・タイトルは、

 仮称『The Best of ChicagoRock』だとか?

 

 

 

| ブルース・エトセトラ | 22:00 | comments(0) | - | pookmark |

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